KUCHL, Rainer / ライナー・キュッヒル ~ ウィーンフィルの顔であり続けた男

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ライナー・キュッヒル(Rainer Küchl、1950年8月25日 – )は、オーストリア ヴァイトホーフェン・アン・デア・イプス生まれのヴァイオリン奏者。
1971年1月1日、弱冠20歳にしてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場管弦楽団の第2コンサートマスターに就任、1992年7月29日、第1コンサートマスターであったゲルハルト・ヘッツェルが事故により死去したため、第1コンサートマスターとなってから2016年9月1日、ウィーン国立歌劇場管弦楽団及びウィーン・フィルハーモニーを定年退職するまで45年間ウィーンフィルの顔であり続けた。
2017年4月より、NHK交響楽団のゲスト・コンサートマスターに就任している。

数々の節目の演奏では必ずといっていいほど彼がコンマスとしてイニシアティヴを取る場面をTVなどでよく見るたび、桶をガンガン引っ張っていく姿に「コンマスあるべき姿像」を、そしてヴァイオリンの演奏スタイルで、ボーイングも美しくメリハリのある演奏に「オケ弾きはこうあるべき姿像」を見て、ぜひこれはエッセンスを少しでも自分のものにしなければと思い、彼が主催するムジークフェライン弦楽四重奏団行って見た。左手の柔らかな動き、曲線的なフレージングとは対照的に、弓元でガリガリと硬い音で弾きまくる姿にとてつもないショックを受けたのを覚えている。
結局今思うのは、彼らの発想は彼らのホームグラウンドであるムジークフェラインでお客さんの耳元へ届く音がどうあるべきか、という教育なり伝統を体得しており、その弾き方で紀尾井ホールで弾いたらエライ硬い音でゴリゴリ来た、ということなのだろう。つまりは「ホールも楽器」なのである。

 

KUCHL, Rainer / ライナー・キュッヒル ~ ウィーンフィルの顔であり続けた男” への2件のコメント

  1. […] 1998年7月に東京オペラシティで行われたPMF「ウィーンフィルの仲間たち」で、猛烈に自分の中で衝撃的なデビューを果たす。彼は1994年から2001年までウィーンフィルの第4コンサートマスターを務めていて、いわゆるウィーンスタイルの教育を受けていないヴァイオリニストとしての初めてのコンマス就任だったらしく少し話題になったらしい。確かに、1992年にザルツブルグで事故死した故ゲルハルト・ヘッツェルやライナー・キュッヒル(元・第1コンサートマスター)などはオケの音色からは想像もできないほど結構ガリガリ硬めに弾くのだが、彼のスタイルはそういった岩石系とは正反対で、オペラシティの一番奥の席まで届く伸びのある太く柔らかい音色で、猛烈に安定して巧い、という印象であった。 「子供と一緒にいる時間が減るから」という理由でウィーンフィルを退団。 […]

  2. […] 同じようにウィーンフィルで言えば名コンサートマスターとして知られるゲルハルト・ヘッツェル(Gerhart Hetzel)、そしてその跡を継いだウィーンフィルの顔、ライナー・キュッヒル(Rainer Küchl)が知られるところです。 […]

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