【コンマス列伝】バーンスタインなきあとを支えた名手Glenn Dicterow

Pocket

前回デヴィッド・ナディエン(David Nadien)を取り上げましたが、彼がニューヨークフィルハーモニー交響楽団を退団してから10年後にコンサートマスターに就任した名手は、その後34年に渡りニューヨークフィルハーモニック(改称)のコンサートマスターであり続けました。その名をグレン・ディクテロウ(Glenn Dicterow)と言います。

彼は父親でありロスアンジェルス交響楽団の首席第2ヴァイオリン奏者であったHarold Dicterowより手ほどきを受け、その後ジュリアード音楽院でイヴァン・ガラミアンらに師事。ヘンリク・シェリングの教えも得ながら20歳の若さでニューヨークフィルのコンサートマスターに就任します。

猛烈なテクニックと強靭なフィンガリングから生み出されるトーンは、剛のヴァイオリニストといえます。

1989年(1990年?)にズービン・メータ指揮によるカルメン幻想曲をソリストとして演奏しており、その時の演奏がYoutubeにアップされているので、ちょっと見てみましょう。

よっぽっど、そん所そこらへんのソリストより強烈。
ココまでソリスト然と弾き倒せるコンマスも珍しいわい、と思う今日この頃。

彼がニューヨークフィルを引退するにあたっては下記The New York Timesにも記事が取り上げられています。
https://www.nytimes.com/2014/06/25/arts/music/glenn-dicterow-discusses-leaving-new-york-philharmonic.html?smid=tw-share

『エイヴリー・フィッシャー・ホールの楽屋、開いたままのヴァイオリン・ケースは、ニューヨーク・フィルの歴史の中で最も長くコンサートマスターとして仕えたグレン・ディクテロウが土曜の夜の演奏会(2014年6月28日)を最後に引退をするということをあらためて気づかせてくれている。これはニューヨーク・フィルが初めてディクテロウに貸与した1727年グァルネリ・デル・ジェスが返却されるのを待っている、ということなのです。
ディクテロウがニューヨークフィルのコンサートマスターになってから34年になります。ヴァイオリンの指導に専念するためにニューヨークフィルを去ることになりますが、この土曜日で合計6,033回の演奏会、そのうちソリストとして219回の演奏会を経験。4人の音楽監督に仕え、200人以上の指揮者と供に仕事をしました。また、かつてバーンスタインが所有していた古いトランクで51か国174都市でのツアーコンサートに参加しました。』

こういう書き出しから始まる英文って、まぁよくあるパターンなんですが、なかなか日本の書き出し方には無い切り込み方をしますよね。センチメンタルになっちゃいそうな書きっぷり。

そんなディクテロウは、昨日記載のデビッド・ナディエン(David Nadien)と同じくチャイコフスキー作曲の『白鳥の湖』から「パ・ド・ドゥ」を演奏しています。ヴァージョンが異なるので、Apple to Appleに比較はできませんが、そのトーン、フレージング、どれをとっても同じソロコンサートマスターではありますが、全く異なる演奏となっており、これもまた素晴らしい演奏となっています。

指揮はクルト・マズア、ドイツはケルンでの演奏会から。

と言うことで、また次回。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。